男の服は愛着を持って永く着られるものが良い。
そんな1着と巡り合うには、スタンダードは何かを知る必要があります。誕生から1世紀以上経ても、色褪せないアクアスキュータムのコートが普遍のスタンダードである理由、それを紐解きます。
阿部大治さん
【1】アクアスキュータムの歴史
貴族だけが居住を許された高級住宅地、ロンドン・メイフェア地区。1851年、その中心部のリージェントストリートに小さな仕立屋が開業する。テーラーの名はジヨン・エマリー、彼はウール地に防水加工を施すという、誰もが手掛けてこなかった新たな試みに挑んでいた。
ご存知のようにロンドンは雨が多く、在りし日の上流階級の紳士たちは雨よけのケープを何枚も重ねたオーバーコートを着用するのが一般的で、一番外側の外套にはグリースなどの獣脂を塗り、雨水を凌いだとか。そこで、ジョンは雨水をはじき、かつソフトな生地の開発に研究を重ねた。それから2年後の1853年にラテン語のAqua(水)とScutum(盾)を組合わせた「Aquascutum」と命名した生地を発表。やがてメイフェアに住む紳士たちはアクアスキュータム製のコートを携えて戦場へと向かい、その優れた機能性の評判は英国全土に広がり、アクアスキュータムの名を知らしめる結果となった。
1914年、アクアスキュータムはオイル加工を施した特別な芯を入れたウール・ギャバジン製のトレンチコートを開発、上流階級出身の将校たちの多くはアクアスキュータムでトレンチコートを誂えた。雨風で体が冷えるのを防ぐための機能性が追求され、装飾が排除されたそのディテールは今日のトレンチコートの原型にほど近いというからその完成度の高さは驚くべきだ。かくして一世紀を越えて愛され続ける定番は誕生を迎えた。
1930年代に素材を綿に変え、トレンチコートは活躍の場を戦場から街へと移すと、ウェルドレッサーたちの間で人気を博す。とはいえ、戦争を知らない我々の世代がトレンチコートに心を奪われたのは多くの映画の衣装として活躍したから。それは1950年代のボギーなのか、2011年のゲイリー・オールドマンなのか、「キングスゲート」か「プリンスゲート」かは別として、アクアスキュータム製が真のマスターピースであり、それが最も格好がよいということを裏づけた。
[1]世界初! 撥水加工を施したトレンチコートの元祖
トレンチコートの生地は、ポリエステル糸を横に、綿糸を縦に配し、綾目の詰まった丈夫な織物(ギャバジン)に仕立てられる。その後、撥水加工が施されることにより、写真右のような水滴を弾く効果が得られる。きれいに洗浄し、熱をかけることで撥水性が甦る。
[2]戦場から街へ
1914年に軍服として誕生したトレンチコートは、戦場での役割を終えて1930年、街で着る洒落たコートとなった。基本的なデザインはそのままに、素材はコットンに変わり、英国から世界へとブームを巻き起こした。
[3]製作はロンドンの工場で
後に紹介しているキングスゲート、プリンスゲートの両モデルは、ロンドンの東にあるファクトリーで作られる。長年にわたり、トレンチ、ダッフル、キルティング、ピーコートなどのブリティッシュアウターを専門に手掛けている工房は、コート作りを熟知している。まさに本物の精神がここに宿る。
[4]ハンフリー・ボガートは着こなしの手本を知らしめた
トレンチコートは映画の衣装としても大活躍。なかでも写真右のハンフリー・ボガートの着こなしは「ボギー風トレンチ」と呼ばれ、大きな反響を呼んだ。写真左は、アラン・ドロン。
世界を魅了するトレンチコートの2大定番を生み出した
アクアスキュータムの代名詞的存在のトレンチコートはそのオリジンである。世界中の男たちを魅了する機能が生んだエレガンスを知らずしてトレンチコートは語れない。
伝統を護り、時代と歩調を合わせる不滅の定番
ゆったりとした身幅と長い着丈を持つ「キングスゲート」は1930年に発表された「キングスウェイ」を継承するモデル。ミリタリー由来のディテールを備える一方、素材はポリエステルとコットンを使い、現代に敵う機能を備える。
袖が襟下まで続くラグラン袖は腕を動かしやすくする作り。またエポーレットは、肩章やグローブ・双眼鏡の紐を通すための附属。
キングスゲートにモデル名が変更されたとき、一新されたヨーク。直線からアンブレラ型へ変えることで、同モデルのシンボルに。
コンパクトでスリム、洗練された印象のもうひとつの定番
キングスゲートのデザインを元に、モダンでシャープな印象に。ミリタリーディテールをよりコンパクトにし、着丈を短めに採り、身幅も細めでセットインスリーブに仕上げられた。素材はキングゲートと同様のクオリティ、英国製。
■コート \180,000スーツ \130,000、シャツ \24,000タイ \18,000 / すべてアクアスキュータム
肩はセットインスリーブ。ラグラン袖よりエレガントな印象で、肩のラインが凛々しく保たれる効果もある。
背中のヨークは直線的な形状。身幅を細めに仕上げたことで、バックスタイルの表情がよりシャープになっている。
ベルトのあしらい方で、トレンチコートの雰囲気は変わる。ここでは3通りを紹介します。(上)ボタンを開けて着るときは、後ろ姿にポイントを作る。(中)ポケットにベルトを無造作に入れてもいい。(下)ボタンを留めてウエストのラインを強調するとき、ベルトは結ぶのもあり。
ウールにアルパカをミックスした素材使いで、暖かみのある印象。また意匠を取り入れた糸によるヘリンボーン柄の織りは独特のムラ感をつくり、クラシックなムードを高める。こうしたコート地の妙味に趣きを添えるのがベルテッド。ボタンを留めた佇まいも端整。
シンプルなバルマカーンとは一線を画すのが襟についたボタン。真冬の寒さから首もとを護りつつ、さり気なく主張する意匠が付けられた。
シンプル&シックを極めたステンカラーコートは汎用性が高く、年齢を問わずに装える不滅のスタンダード。この「ナイジェル」は、コート地に特殊なフィルムを貼り、機能性もプラス。雨天時に雨粒を弾くだけでなく、快適な着心地も得られる。
表地はマイクロチェックが施されたウール素材。またグレイと紺を合わせたようなニュアンスの色調も新鮮。素材はイタリア製。
チェスターコートは元来、タキシードをはじめとしたフォーマルに用いられるもの。ピークドラペルで、胸にバルカポケットをあしらい、黒や紺などのダークカラーが一般的だ。「ブレアー」はチェスターコートの基本的なディテールを踏襲し、色柄の妙で魅せる。
素材はイタリアのロロピアーナ社製アルパカ混ウールを使用。柄は大き目のヘリンボーンで、色はピンク味がかったブラウンと遊び心たっぷり。
第2次大戦中の英海軍が軍服として採用したダッフルコート。戦後、放出品として出廻ったことから巷に広まったという。「ランドポート」はそうしたオリジンのディテールを備える。素材は英国マラリウス社製のメルトンを使用。伝統に今日的な要素を加えた。
フードを被ったときに安定させるための「スロートタブ」は由緒あるパーツ。使わないときにはコートの内側へ収納するボタン付き。
自分だけの理想の1着が作れる
トレンチコートは、長く愛用できるものだから自分だけの逸品を誂えてみるのもひとつ。
オーダーメイドなら色・素材の選択に加えて、味わいの増す加工まで、好みの1着に仕上げられる。
カスタムキングスゲート \140,000
服は長く着るうちに、体に馴染んでくる。また洗濯を重ねるうちに生地の色は薄くなり、袖口、襟、裾などは自然に擦り切れてゆく。それがエイジングと呼ばれる独特の風合いだ。アクアスキュータムのカスタムオーダーコートは、このエイジングも可能になった。カスタムオーダー受付時期はアクアスキュータム公式サイトで確認できる。
スクラッチを作る
着古した雰囲気を出すために擦り切れた表情と補修痕がつくれる。襟や袖口など見えやすい部分に施すと効果大。
ウォッシュド加工
高密度の先染めコットンで作られたコートをそのまま洗いにかける、製品洗いによる素材の質感。カスタマイズコートのベースとなる。
ワッペンを付ける
休日に着るコートには、ところどころにワッペンを付けるのも面白い。ブランドロゴをはじめユニオンジャックなどが|選択可。 \900~
ボタンを変える
服はボタンの色や素材で印象が大きく変わる。カスタムメイドなら色のほかヴィンテージ焼き、素彫り、などが選べる。 \6,000~
メンズファッションブランドナビ編集部
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